サービスの“達人”が大切にしていること - “気働き”コミュニケーション術⑪

新幹線のカリスマ販売員さんの“気働き”とは?

 仕事で、プライベートで、新幹線を使われる方は多いことでしょう。私自身も各地から研修のお声掛けをいただき、移動する際にはよく利用しています。
少し前に、「山形新幹線に車内販売のカリスマがいる!」という話題がメディアを賑わせていたことをご記憶でしょうか? 営業時間は片道3時間半あまり。その間の売上が通常なら7~8万円のところ、彼女一人が20万円を超える売上を上げるというのです。
 つい先日、その方の講演を聴くチャンスがありました。齋藤泉さん。立ち居振る舞いや話し方などからも、とても理知的な印象を受けたのですが、驚いたのは「売る」ためのアイデアの数々。さすがに現場で練り上げられ、磨き上げて来られたもの――と、すっかり聴き入ってしまいました。
 いったい彼女だけが飛び抜けた成績を収める理由は何なのでしょう。その会場で私は、「彼女は“気働き”で20万を売っている」と感じたのです。

スタートは、あの車内販売用のワゴンに何を載せるのかを考えるところから。彼女の講演を聴くまでは、販売員さんによってワゴンの内容が“まったく違う”とは思っていませんでした。
ヒントになるのは、季節、その日の天候、予想される客層などなど。まずはメインの商品を何にするのか? お弁当なのか、お菓子類なのか、おつまみなのか、はたまたお土産なのか……。どんなお客様が乗車されるかを予想して「売れるもの」を中心に積んでいくのだそうです。
たとえば、寒い日に温かいものが売れるかというと、必ずしもそうではない。すでに温かい缶コーヒーをカイロ代わりに持っている人もいる。しかも電車の中は暖房が効いている――。ここから彼女が導き出す答えは「アイスクリームが売れる!」。このお客様のリクエストを「先読み」する感覚は、言うまでもなく「気働き」そのものですね。

お客様視点の「創意工夫」が売上増の原動力に

 以降の話も、まるで「創意工夫」のデパートのようでした。
商品を受け取ったお客様が財布からお金を取り出している間に彼女がするのは、お釣りの準備。「この人は1万円札だな、千円だな」と観察しながら、ポケットの中で小銭を区分けしておくのだそうです。その結果、「千円お預かりいたします」と言った瞬間に、お釣りはすぐに出せる態勢。ムダな時間は極力つくらないといいます。
これが、プロの仕事。だから、差がつくのです!

 主力商品の「お弁当」については、こんな工夫をしているそうです。
 米沢駅で名物「米沢牛」を使ったお弁当を積み込むのですが、事前に予約を受けた数量だけを積むのではないそうです。そこには必ず「プラスアルファ」を見込むといいます。周囲でおいしそうにお弁当を食べている人を見れば、「やっぱり私も食べたい!」という方が必ず出るでしょう。そのときに「品切れ」では、機会喪失、即売上ダウンにつながります。
お客様の様子を細やかに観察しながら、プラス5個にするのか、あるいはプラス10個かを判断する――。この判断の精度の高さが、また売上増につながるのです。

カリスマの秘密は「凡事徹底」だった!?

販売員さんの中には控えめで、あまりお客様の顔を見ない方もいらっしゃいますよね。お辞儀に心がこもっていないように見えたり、うつむき加減でワゴンを重そうに押しているように見えたりでは、出そうと準備していたお財布をまたバッグに引っ込めてしまいます。
 しかも今は、食べ物も飲み物もコンビニで買って持ち込む人が増えています。それに比べれば、車内販売は値段も高いわけです。それでも、高いことを承知で買ってもらうためには、それに見合う何かを提供することが求められる。言い換えれば、お客様の「期待値」を“良い方向で”裏切る必要があるわけです。
 それは、コーヒーの香りであったり、ビールの冷え具合であったり、さりげない笑顔であったり……。

 講演を聴いて気づかされたことは、彼女が必ずしも「特殊なこと」をやってきたわけではないという点でした(あくまでも、後から見ればですが)。逆に「なぜ、彼女の先輩たちが誰一人としてやってこなかったのか」が不思議になるくらい、ある意味では「当たり前」のことを会社に提案し、実行し、売上に結び付けてきたのです。
 加えて特筆すべきなのは、たとえば「お弁当の中身を写真で見せる」など、良いと思ったアイデアを会社にどんどん提案していったこと。会社側がなかなか動かないと見るや、自分で撮った写真を貼りつけた「手作りのお弁当メニュー」をつくってしまうという実行力。
創意工夫やお客様への細かい気配りに加えて、仕事に対する情熱、エネルギーによって、20万円近い差が同僚との間でついたのだと感じました。

 私が普段まるで“口癖”のように皆さんにお伝えし続けている言葉があります。それは「凡事徹底」~当たり前のことをきちんとやる、ということです。
新幹線の斎藤さんでいえば、彼女の職業は販売員。お客様の立場に立って発想する「お客様視点」が、考えてみれば当たり前の職業ですよね。その当たり前のことを徹底した結果がさまざまな工夫であり、売上という成果だったのだと思います。